大判例

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東京高等裁判所 昭和42年(う)1055号 判決

被告人 須藤卓

〔抄 録〕

一、所論は、原判示第一の事実につき、被告人は、原判示の日時ころ、原判示場所において、その運転する原判示自動三輪車を運転中、原判示被害者の運転する軽自動二輪車に、右自動三輪車の左側前部附近を接触させたことはなく、いわんや、その車の左後輪で右被害者の頭部を轢過して、同人に原判示のごとき頭蓋骨骨折兼脳挫創の傷害を負わせたことは、まつたくない。本件で、右被害者が右のような傷害を負つたのは、本件現場左側道路寄りに停車中の山ノ井愛次郎所有の自動車に、気付かず直進中、眼前にその自動車を発見し、慌てて右にハンドルを切り、さらに左にハンドルを切つたため、みずから転倒し、道路上に投げ出されたためか、あるいは、停車中の右自動車の右側に接触し、慌てて右にハンドルを切り、さらに左に切つたことにより、みずから転倒し、道路上に投げ出されたために、原判示の傷害を負うに至つたものであつて、被告人の過失に基因するものではないから、原判決の判示第一の事実には、判決に影響を及ぼすことの明らかな事実の誤認があるという旨の主張に帰する。

二、そこで、記録ならびに当審における事実取調の結果に徴し案ずるに、原判決が判示第一事実につき挙示する証拠(ただし、原審の証人佐々木軍治に対する尋問調書および原審鑑人佐々木軍治作成の鑑定書を除く。)および当裁判所の検証調書、当審の証人大出欽一(二回)、同船田昭三、同増田房子、同高田一秋、同松本七之助、同山ノ井愛次郎に対する各尋問調書を綜合すれば、当裁判所は、原判示第一の業務上過失致死の事実に関しては、

「被告人は、自動車運転の業務に従事する者であるが、昭和三八年三月一二日午後六時ころ、自動三輪車栃六な七、一六四号を運転し、栃木市境町一、一九九番地先の直線道路(同箇所車道の巾員は、一一、七〇メートル)を時速約四〇キロメートルで南進中、進路前方左側車道上に乗用自動車が停止し、また、被告人の先方に被告人と同一方向に進行中の軽自動二輪車があり、被告人運転の自動三輪車と右自動二輪車とがそのままの速度をもつて進めば、右停止中の自動車の右側附近において被告人運転の自動三輪車が右自動二輪車の横を通過するような位置関係にあり、しかも反対方向からも次々に自動車が進行してくるような状況であつたのであるが、およそ自動車運転者は、常に進路の前方および左方を注視し、その安全を確認しながら進行し、ことに右のような状況のもとにおいては、右停止中の車両、先行中の車両、反対方向から進行中の車両につき、いちはやくこれを発見するとともに絶えずこれらに注目し、先行車両を追い抜くにあたつては、これに接触しないように車間に十分の間隔をとり、その間隔をとり得ない場合には、直ちに徐行、急停車など臨機の措置をとり、もつて事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があるにもかかわらず、被告人は、右注意義務をおこたり、川原井幸平(当時四一年)の運転する右先行軽自動二輪車の存在に気付かず、漫然同一速度で進行した過失により、同自動二輪車を被告人の前方約四メートルの地点に近接してはじめて発見し、そのためなんらの措置を講ずることができず、被告人の運転する右自動三輪車体の左側を右自動二輪車に接触させて同二輪車を転倒させ、そのはずみに同二輪車体より投げ出された右川原井幸平の頭部をアスフアルト舗装の車道面に強く当らせ、よつて同人に頭蓋骨骨折兼脳挫創の傷害を負わせ、同日午後六時一五分ころ、栃木市富士見町所在下都賀病院において、死亡するにいたらしめたものである。

との事実を認定するのが相当であると認められる。

してみると、右事実認定と相反する事実を認定した原判決の判示第一の事実には、判決に影響を及ぼすべき事実の誤認があるから、原判決は破棄を免れず、このかぎりにおいて論旨は理由がある。

(飯田 吉川 酒井)

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